(一体…一体何があったっていうんだっ…)
イルシアはルティとイシュアを抱えたまま、アルデバランの街並みを走っていた
特にイシュアの足の怪我は一体…
傷口を布で縛っているが、じんわりと布やズボンに広がっていくのが見える
「しっかりしてくれっ!!イシュアっ!ルティっ」
「にーちゃんっ早くっ!!」
イルシアはウォレスが開けて待っていたドアから急いで入り込み、暖炉の前に二人が寝れる様に用意してくれていた敷物の上へとそっと寝かせる。
「俺じゃ応急処置位しか出来ないけどっ…ごめんなルティっ…イシュアを治療したらすぐ診るからっ」
「ルティっっ!!」
どちらも心配ではあったが、足の傷から出血が止まらないイシュアをそのままにする訳にはいかず、ルティに申し訳なさそうに謝りながら、手早くイシュアの傷口付近の布をナイフで切っている所で青ざめたディルが帰ってきて、思わずイルシアもほっと顔の険しさを緩める。
「ルティっ!一体何がっ」
「ディルっ!落ち着いてっ!まずはイシュアの傷をっ
俺じゃあ応急処置しか出来ないからっ!」
「くっ…そうだな…すぐに処置するっ」
ルティの駆け寄り、その生気が抜けた顔を見て青ざめるディルであったが、イルシアの言葉にぎゅっと拳を握り、自分を役割を思い出したかの様にすぐにイシュアに向き直り、薬品をカートから素早く取り出し、止血をするイルシアから処置を引き付き。
「イシュアっ!ルティ!!一体何があったのっっ!?」
イルシアのギルドチャットの叫びを聞いたリョウやアル、そしてリジェクトもハウスへと帰ってきた事に安堵しつつ、ディルは冷静にリジェクトにはヒールなどの回復を指示し、アルにはお湯を沸かして貰い、リョウはこのハウス周辺の警護を任せて、ディルとイルシアは二人の治療へと当たったのだった。
その夜、アサシンギルドの任務の為、数日家を空ける予定だった筈のイクスとシオンがハウスへと帰ってきた。
「イシュアとルティはっ!?」
ドアを開けた途端、ただいまという挨拶よりも先にイクスはリビングに集まっているメンバーへと声を掛ける。
「大丈夫だ…イシュアくんは怪我が酷いが、ちゃんと処置したし、後は目覚めるのを待つだけなのだよ…怪我のせいか熱があるから、暫く目を覚まさないかもだが…
ルティは…正直よくわらぬのだ
気を失っているだけ様なのであるが…
取りあえず…まずはお前達の怪我の手当てが先なのだよ」
こちらへと詰め寄ってきたイクスに、疲れた表情のディルは説明をするも、自分達の目の前のイクスとシオンが珍しくも幾つか酷くは無いが怪我を負っていたのに気付き、席を立ちあがる。
「イルシア…二人を助けてくれてサンキュな」
「いや…俺はセーブポイントになってるカプラの前で現れた二人を見つけて運んだだけだから…」
「どんな状況だったか説明してくれるか?」
イシュアが眠っているすぐ傍らで手当てを受けながら、こちらを振り向いたイクスから言われた言にイルシアは首を横に慌てて振り、そして小さく頷く。
「でも 詳しくって言っても、俺もよく分からなくて…
ウォレスとカプラのとこで倉庫の整理をしてた時
いきなり二人が気を失った状態で現れたんだ
多分、蝶の羽を潰してきたんだと思うけど、二人とも意識がなくて…
でも…泣いてたんだ…二人とも…
あ…そうだ…
怪我していたイシュアが持ってたのが…このナイフみたいな小さな武器なんだけど…」
イクス達に促された、状況を説明するも、すでに怪我をして現れた為、詳しい事が良く分からないと申し訳さなそうに告げて、思い出した様に傍に置いていた血がまだ付いたままのナイフの様な武器をイクスへと手渡す。
「イクス…これは…」
「あぁ…レイジェルさんが作ってくれた護身用の武器だ
イシュアの服に縫い付けてあったのだ…
…ちゃんとイシュアを守ってくれたみたいだな…」
手渡された武器を見たイクスは、見覚えがあるそれを気付きイクスを見て、イクスはじっと武器を見つめながら、これを特別に作ってくれた義父であるレイジェルを思い浮かべ、感謝する様に目を閉じて。
「それで…ディル…
ルティの方はどうなんだ?」
「それが…外傷なんかも無いし、状態としてはただ眠っているだけなのだよ…
多分…気を失っているだけだとおもうのだが、こればかりはどちらかが目を覚ましてくれないと、分からない事なのだ……」
イクスから促されたディルは、やはりイシュアの隣で眠っているルティに視線を向け、小さく息を吐き出した……
「№845…これも失敗作か…」
盛大な溜息交じりに聞こえた声
「色素も無いし、今までの中でも特に失敗作じゃ…
こんなのにこれ以上手を掛けていても仕方あるまい
カプセルから出してさっさとデータだけ取って処分しておけ」
「はい…」
何を言ってるんだろう…?
目を開くと、そこには短い髪の女性が立っていた
泣きそうな…辛そうな顔をしているその人を見ていると
自分の中がぎゅっとして…
そっと手を伸ばせば
外にいるその女性は目を大きく見開いてこちらを見たんだ…
「初めまして
私はミレアって言うの
この研究室の研究員よ?」
その後ぼくはカプセルという物の中から出されて
服を着せて貰いながら女性から挨拶をされた
「今は大体…3~4歳位の大きさかしら…
もうすでに知識もそこそこあるのね…」
ぼくの状態を見ながら、ミレアという女性は色々手元の紙に何かを熱心に書き込んでいた。
「ぼくは…だれ?」
ぼくはなぜ生まれたのか…そして名前はなんなのか…
内から湧き出てくる疑問をミレアに向けると、
ミレアはハッとした様にぼくを見て…どこか困る様に視線を彷徨わせてから
ぼくの髪にそっと触れた。
「そうね…No.845は名前じゃないわよね…
まるで貴方は雪の様ね?
私が産まれた村の名前はルティエっていうの
真っ白な雪が降り積もったとても美しい村なのだけど…
そう…貴方の名前は845かわいそうだから…ルティって私は呼ぶわ」
そうしてぼくに『名前』が与えられた…
そう…たったひとつだけの、ぼくに許された贈り物…
「ほう?ただの出来損ないの失敗作だと思ったが、目を覚ましたら
もう儂がエンブリオに組み込んだ知能が少しばかり覚醒しておったか…
だが…生まれてすぐに使える様な高度な知識はやはり出てない…か…
それに何よりひ弱そうな身体は役には立ちそうにないな…
…して、僅かな知能と共に少しばかり感情もあると…
ならば、壊れるまでは処分せず、これを実験体として研究を進めるかの…
まずはどれだけ痛みに耐え、また壊れず、どれだけの怪我で再生するか
基本的な実験から行うとするか…」
目を覚ましてから暫くして、見るだけで怖いと思ってしまう男性がボクを値踏みする様に見ながら、手元の書類と見比べ、ミレアに指示を出していく
「ですがヴォルガン様…まだ身体の強度も分からない内に、あまり激しい実験をするのは如何かと…
今回僅かですが、純粋なヴォルガン様のエンブリオから誕生した完全体の人型ホムンクルスの中では人としての感情があるみたいですし…もう少し育ってからでもいいかと…」
「ミレアよ…貴様の意見など聞いてなどいない
儂に拾われたアルケミストのクセに、儂の決定に意見出来る立場と思うよ
それにこれは失敗作なのだからな…また次作ればいいだけのこと
壊れたらそれはそれで構わぬ
実験には他の研究員を付ける
お前はNo.845のデータ収集と世話をし、儂に報告するのだ」
「……畏まりました…」
「少しは儂が生み出したホムンクルスとして成果をみせてみろ?
まぁなに、所詮は醜い外見の失敗作
大して期待なぞしておらんよ」
ヴォルガンと呼ばれたその男性は、ぼくの顎に指を添えて上を向かせて、とても怖い笑みを浮かて見下す様に見下ろした…
「ギャァァァァっっっ!!!」
「ふふっ…これで君は改めてヴォルガンの所有物だ
この焼き印がある限り、君は一生離れる事なんて出来ないよ」
それからすぐ、連れて行かれた場所で、赤い髪の男性が手にした焼き鏝がぼくの肩へと押し当てた
初めて知る、全身がどうかなる様な強烈な痛みと熱さに、ぼくは声の限り悲鳴を上げて
そんなぼくを見下ろしながら、その男性もまた、とても楽しそうに笑いながら見下ろしていたんだ…
それからは毎日実験だった
まずは浅い傷を付けられ、それがどれだけの期間で治るか
そのデータが取れると、今度はより深い傷に…
骨を折られることもあった…
もうお願いだから殺してくれと毎回願った…
そしてもう痛い思いはしたくない…早く死にたいと願った…
でも…ぼくの体は小さなくせに頑丈で
骨を折られても、本来の人間よりも早く治るらしかった…
泣いても叫んでもけして誰も助けてくれない…
こんな感情なんてなければいいのに…
何度も何度も、痛みや苦しみなんかを感じる感情が無ければいいのにと思った…
でもぼくは彼が作ったホムンクルスの中では唯一感情があるらしく
そのデータを取る為に死なせて貰うことも
その感情を取り払う事も許されなかった…
「大丈夫?ルティ?…大丈夫じゃないわよね…」
幾つか骨を折られ、さすがに中々治らずにいるぼくは
暫く休養を取ることが許されたそうだ
泣きそうな顔で側で看病するミレアはぼくの手を握る
「あまりに貴方が可愛くて…処分なんて出来なくて助けてしまったけど…
こんな苦しい毎日が続くなんて…
生きててもいいことなんて無いわよね…」
「ミレア…ぼくは…いつまでこんなことされるの?
もぅ、いやだよ…おねがいだから…ぼくをころして…」
ぼくの頭を優しく撫でてくれるミレアに、ぼくは思わず願う
毎日毎日実験という暴行にぼくの心は付いていくことが出来なかった…
身体と一緒に心も治ればいいのに…
いっそのこと、痛いと感じる心が無ければいいのに…
おねがいだから…ぼくをころして…
それが…ぼくのねがい…
「え……?もう…次の段階の実験…ですか?」
「あぁ、ヴォルガン様が外傷に対する実験のデータは取れたから、次の薬物実験に数日中には移るってコトだ。
いつ呼ばれても良いように、準備しておけよ?」
「……分かり…ました……」
(ヴォルガン様が薬物の実験に移る…それは…もうこの子を廃棄するって事と同じ事…
傷を受ける以上に、とてつもない薬の実験体にさせれるっ
それこそが、ヴォルガン様の…あのヴォルガンの本領発揮の分野っ…
そんな事になったら…ルティはもう……)
「そんな事…私の可愛いルティにさせたりなんてしないっ…!」
ミレアはベッドで苦しそうに眠っているルティを見つめながら、決意をした強い瞳で小さく呟いたのであった……
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