楽しい夢はいつかは終わる
どんなに楽しい夢であっても終わる時がくる
そしてそれは もうすぐ目覚める時がくるのだ
目が覚めた時
そこは一面の雪
吹雪く雪が目の前を覆って
何も見えない白の世界
一体ここはどこだろう
なぜここにいるんだろう
そして…ぼくは誰?
「まぁ 貴方…こんな吹雪の中にそんな薄着で…
お名前は言えるかしら…?」
「………ルティ……」
教会から現れたシスターに助けられ
ぼくはそう答えた
ルティ
それがぼくの名前?
ぼくの本当の名前は…………
「お待たせしましたっ」
「ううん 大丈夫だよ」
ソードマンギルドで用事を済ませたイシュアはその入口で待っていてくれたルティに声を掛ける。
済まなそうなイシュアをルティは笑顔で迎えて、共にプロンテラの中央へと歩き出す。
「少しだけ露店 見て帰ろうか?」
「そうですね
蝶の羽根もお互いの手袋に仕込んであるから、危なくなったらすぐ潰して飛べば大丈夫だと思いますし」
そう言いながら、メインの通りを露店が沢山並んでいる中央へと歩いていく。
いつもは人はまばらでもそれなりに人が通る道を選んでた筈だった…
酷く妙な違和感…
そう…人が見当たらない…
単に人通りが少ないだけで話に夢中で人に気付かなかっただけかもしれない
でもなんか…おかしい…
そう 確信も無い不安が胸に広がり始めた時であった…
「あ そうだ…ルティさん…?」
「おや…君はまだ生きていたんだね?可愛い子猫ちゃん?」
「っっっーーーーっっ!!!!!!」
ふと どこからともなく目の前からソーサラーの男が歩いてくる
ただの通行人の筈…そう思いながらも息が詰まりそうな不安に、思わずルティは足を止めてしまい、話しかけていたイシュアも不思議そうに足を止めて、ルティの向く方向へと自分の視線を向ける。
その目の前から歩いてきた男…
長身の体に赤髪を揺らしてきたソーサラーは、イシュアに気付くと少しだけ驚いた様に目を見開くも、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべて声を掛けてきて、その男にしっかりと気付いたイシュアは悲鳴にならない声を上げて、顔を凍りつかせて。
「イシュアくんっっ!?」
「ひぃっ…っ…っ…やっ……」
ルティがイシュアの異変に気付き振り返ると、イシュアは目を見開き、蒼白になった顔は生気が一瞬で抜け、ただ声を上げる事も出来ず涙が溢れ出し、がたがたと震える体は糸が切れた人形の様にそのまま座り込んでしまい。
やっと最近 夢に見なくなった恐怖が一瞬に甦る。
片時でも忘れられない事
でも必死に忘れようとしていた事…
沢山の男に押さえつけられ、無理矢理体を蹂躙され
休む時間すら無いほどに
代わる代わる何人もの男達に犯され続けた
あの犯す事を指示したのも
そしてこの体に何度も薬を投与し、蹂躙される自分を楽しげに見ていたのも
確かにこのソーサラーであった
忘れるなんて出来る筈もない…
「イシュアくんっ!?イシュアくんっ!!
しっかりしてっ!!
くっ…!!」
ただならぬイシュアの様子にルティは必死に呼び掛けるが、その声すらも全く届いてないのか反応が無く、なんとかイシュアを連れて逃げようとソーサラーの男に向かって、ホーリーライトを放とうとした時であった…
「ほほぉう…うさぎ狩りに来たら 他の獲物も掛かったわい」
ざらりとした耳障りの悪い声
黒いマントとフードで全身を覆った男が、フードから僅かに覗く瞳でルティ達を見つめ、楽しげに笑う。
「やぁっと見つけたぞ?
No.845…儂の元からあの女が連れ出してから十数年…探したぞ」
「何を…言って…」
ぎょろりとした血走った目がこちらを値踏みする様にフードの下から見ながら近付いて来るのに、全身が危険信号を放ちながらも逃げる事が出来ず、次の言葉を待ってしまう。
「やはり記憶を封じておったか
どうりで見つからん筈だわい
もし記憶があれば、化け物の貴様なんぞ こうして平凡に生きれる筈など無いしのぉ
貴様は失敗作じゃったが、唯一感情がある個体じゃ
だからこそ必要なのじゃよ?
嬉しかろう?やっと貴様ごとき失敗作が儂の為に役に立つのだ
そう言う意味ではあの女がこうして外に連れ出したのもまた必要じゃったかもしれんなぁ
あの女も死んだ事だし もう邪魔なんぞ入らんじゃろうて
くくく…さぁ No.845 思い出すがよい」
「ボクは…知らない…
聞きたくっ…っ!!いやぁぁぁぁぁっっっ!!」
今すぐここから逃げたい
そう全身で思っているのに、体が凍りついた様に動かず、目の前の男の言葉を聞くしか無く、全身が思わず震えてしまうのも止める事が出来ず、その言葉から必死に逃れようとするも、不意に持ち上がった男の手のひらから、ネックレス状になったどこかのギルドのエンブレムを見せられた途端、肩の裏側辺りに強烈な痛みが走り、胸の奥底から溢れ出す何かに、ルティは悲鳴を上げてそのままその場に倒れてしまい。
「さぁ ゆるりと夢の中で思い出すのじゃ
貴様の事をのぉ
こやつを連れて行け…して その子供はもしや?」
「ええ 貴方の薬を打たれ死んだと思っていたのですが…
唯一生き残った子猫ですよ」
「噂には聞いておったが本当にいたのか
それは興味深い
そやつも良い研究素材となろう?一緒に連れて帰るのじゃ」
「そうですね…私も大変興味深いです
貴方の作った薬を打たれて生きている人間は初めて見ましたので…
また たっぷり可愛がってあげるよ?子猫ちゃん?」
すっかり恐怖から動けなくなっているイシュアを見下ろした黒いフードの男は、自分の薬を投与されても尚生きてい事に興味があるのか、楽しそうに喉奥で笑い、共に連れてくる事を指示して。
ソーサラーの男もうっすらと笑みを浮かべ見下ろしながら頷き。
(このままじゃ…だめだ…っ)
ルティはすでに気を失っていて、どこからともなく現れた銀髪のアサシンクロスに腕を捕まれ引きずられる様に起こされてしまい。
このまま連れ去られてしまえばどんな事になるのか…想像しなくても分かっていた…
(ダメだっ…ダメだっ…ルティさんをこのまま連れ去られたらダメだっっ!!
おれがっ…守らなきゃっっっ)
どれだけ心で考えても、震える体をどうしても押さえる事など出来ず、ただただ涙は止まる事無く溢れ出して。
それでもがたがたと震える手を微かに動かせば、護身用としてレイジェルが作った小さなナイフをイクスが腰付近に分からない様に縫い付けてくれた物が当たり。
(ママっ…パパっ…おれに力を貸してっっ)
祈る様に、そして自分に呪文を掛ける様に、最愛でそして最高に強い二人の姿を思い出し、心の奥底でイクスとシオンを呼ぶと、一瞬で腰からナイフを抜き差し、思いきり自分の太ももに刺すことで、恐怖を痛みで押さえ付け。
刺すと同時にも片方の足で地面を蹴り、すぐ目の前のルティの服を掴むとそのままナイフを構え、目の前のアサシンクロスへと叩き込み。
「バッシュっっ!!」
「何っっ」
至近距離でのバッシュの為、アサシンクロスがほんの少し怯み、ルティの腕を離したのを見逃さず、その衝撃で思わずよろけたソーサラーとフードの男が驚くのを尻目に、ルティを手のひらに自分の手のひらを重ねて、そのまま互いの蝶の羽を潰す様に握りしめて。
アサシンクロスが手を捕まえるよりも早く、二人の姿はその場から消え去ったのであった。
アルデバラン
時計塔のカプラ前で倉庫の整理をしていたイルシアはやっと必要な物を揃えると倉庫を閉じる。
「にーちゃん もう整理は終わったのか?」
「ああ 今日はもうハウスに帰ろうか?薪も割って用意したいし…」
「だなっ 昨日イシュアにーちゃん達とお菓子作ったから、それ食べようぜっ」
にこやかに二人で話ながら、ギルドハウスへと戻ろうとした時だった…
不意に目の前に淡い光が現れた事に、誰かがセーブ先であるここへ戻ってきたのだろうといつもの光景としてそのまま通り過ぎようとして、その光の中から現れた人物がいきなりそのまま地面へと倒れ込んだのに思わず驚き、その姿を見た瞬間、イルシアもウォレスも目を見開き。
「イシュアっ ルティっ!!一体どうしたんだっ!?」
「イルシアにーちゃん イシュアにーちゃんの足っっ」
「っ!!ウォレスっ 今すぐにハウスに行って 二人を寝かせる準備をっっ」
「わかったっっ」
真っ青になった顔は涙に濡れており、全く目を覚ます気配がないルティと、ウォレスから指摘されてみれば、気を失ったイシュアの太ももからは血が溢れ出ており、イルシアは逞しい両腕にそれぞれを抱き上げると、一番足が早く身軽なウォレスを先に行かせて、二人を出来るだけ激しく揺らさない様に抱えて走り出し。
『皆っっ!!イシュアとルティがっっ!!!』
イルシアの必死なその声は、宵闇のギルドのメンバーへと響き渡るのであった…
もうすぐ うさぎは目を覚ます
本当の目覚めの時が…
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