あの時はまだ、18歳の頃だったか……
暗い夜の闇の空から激しい雨が降りしきる…
ゴミ置き場に蹲った俺は どこか遠くでその音を聞いていた
深く抉られた様に切り開かれた肩の傷口に、雨が落ちるのが分かる。
それでも俺はその体を全く動かす事など出来なかった。
もうすぐ死ぬ…
ああ もうすぐ俺は死ぬのだ…
でもそれは分かっていた事…
あの組織から抜けるってのは、死以外はない…
全ての体温が流れ落ち、もう寒いのか熱いのか全く感覚も無くなり、俺自身の意識も
もう遠のくその瞬間…
ふわり と誰かの温かい手が俺に触れた。
「大丈夫だよ…僕が助けてあげる…」
そんな優しい声が耳を掠めた。
こんな俺にも、天使が迎えに来てくれたのかと思った……
「ここ は…?」
「ん?やぁ お目覚めかい?」
次に目覚めた時は、古びた木の天井が目の前にあり、思わず声を漏らした俺に、優しい声が掛かった。
「もう三日も寝てたから、ちょっと心配だったけど、大丈夫そうだね?」
その声の主は俺の傍に来て、顔を上から覗かせてきた。
黒い長い髪に翠の瞳…綺麗な顔…のバード…
「俺は…生きて…る…?」
「うん 生きてるよ?死にそうな所を見つけちゃってねぇ…」
「余計な…事を…」
口に出た確認の言葉に、相手は笑顔を向けてなんでもない様に告げて、思わず罵る様に吐き捨て。
それでも相手は笑顔のまま、そっと俺の頬に手を触れさせて…
「まだ君の瞳は 生きる事を捨てていなかったよ?だから助けたんだ…」
深く綺麗な翠の瞳が俺の目を覗き込む。
なんだか妙に恥ずかしくなり、それでもそれが嫌だとは思わなかった。
「さて 少しでも何か食べた方がいいよ?もう体は起こせる位には回復してる筈だから」
「え…?…なん で…」
覗き込んでいた相手は不意に体を離して放った言葉に俺は目を見開き、恐る恐る体を起こすと、肩に微かな痛みこそあるが、問題なく手も体も動く事を確認して思わず言葉を失う。
俺はあの時、思い切り肩を骨ごと切られ、例えプリ達のヒールとかでも治る筈の無い傷だった筈なのに…
「何を…した…?」
「ん?ちょっとね ある事をして治しちゃっただけ
ある事ってのは秘密ね?誰にも言っちゃあダメだよ?」
目の前の奴のなりはバードである。
例えヒールクリップでヒールをかけても、プリを連れてきたとしても、まず3日で治る様な傷ではないし、腕が動くはずがないのだ…
尋ねる俺に向かって、バードはウィンクをして悪戯っぽく笑うと、その先にあるキッチンへと足を向けた。
服を捲り傷を見るが、そこにはわずかに肌に傷がある程度で、縫った後すら無かった…
一体…何をしたっていうんだ…
「さぁ スープをまずは飲んでね?」
「お前は…一体何者だ…なぜ 俺を助けた…」
トレーにスープを置いて持ってきたその手首を思い切り掴んで、その顔を睨み付ける。
俺にはさっぱりこいつが考える事が分からなかった。
あいつらの仲間なら、俺を生かす筈は無い…だからと言って助けて俺を差し出して…なんて遠回りな事はせず、あそこで死んだ俺の首を持っていくだろう…
俺を助けて、あいつらと同じ様に兵器として使うのか…?
いや 一度意志を持ち逆らった兵器は廃棄こそしても、再利用する様な危険な事をするのか?
その前に兵器にこんな優しくするなんて事が……
「君が生きたいと その瞳が言っていた。だから僕は助けたんだ…
さぁ まずスープを飲むんだ?いいね?」
様々な事を考える俺とは余所に、そいつは俺の目を真っ直ぐ見つめたまま、訳のわからない理由を口にして、俺の手をやんわり放すと、その手にスプーンを持たせて、目の前にスープを置いてきた。
毒でも入っているか…?
そうは思いもしたが、なぜだろう…絶対に今迄思うこともなかった、大丈夫だという変な思いがそこにあった。
ゆっくりそのスープを口に運ぶ。
今迄食べた事のない、優しくて温かい味…
こんな美味い物がこの世にあったんだろうか…
そうして俺の頬を、なぜだか涙が零れ落ちていった。
「そういえば、まだ 名前を教えてなかったね?
僕は双月…君は?」
「……兵器だから 名前なんて無い…」
「そうか…なら…琥珀…ってのはどうかな?君の瞳の色だ…」
「こはく…?俺の 名前……?」
そうして俺は 生まれて初めて、名前なんてものを貰ったのだった。
「さて なぜあんな怪我をして倒れていたのか…教えて貰ってもいいかな?」
俺が随分と落ち着いた頃、双月は俺の傍の椅子に腰かけ、そう尋ねてきた。
俺はもう、こいつを疑う気は無かった。
この俺に名前をくれた相手だったから…
「俺はある貴族が囲ってる暗殺集団の組織の一員…だった。
ガキの頃、親に売られてその組織に来て、その貴族の言うとおりに動く様に兵器として育てられた。
そこが俺の全てだったし、相手を殺す事なんてなんとも思わなかった…
その貴族はこの世界を良くする為。殺される奴らは皆 下種どもで、この世界を汚してるゴミだから、気にせずに殺せとずっと言われてた…
でもある時、疑問が浮かんだ…
ある女と子供を殺せという命令…彼女らが何をしたんだ、そう問うたが、答えは無かった。
後から知った…彼女達はその貴族の愛人で、ただ単に邪魔になったから殺しただけだと…
そこから疑問ばかり出てきた、色々調べれば調べる程、殺してきた奴らはその貴族と対立して、この世界を良くしようとしたり、何の罪も無かった奴らばかりだって事が…」
俺は話ながら思わず頭を抱えた。
目を閉じれば次々浮かんでくる様になった、俺が手をかけた者達の死に顔…
「俺は色んな情報を盗む事にも長けていたから、その貴族がどんなもんなのかってのも、分かってきた…
俺が今迄殺めてきたのは、その男にとって都合の悪い相手や、単に嫌いだというだけの相手…
そしてその組織は、その男の都合のいい様に動いてるって事…
全てを知った俺は、訳が分からない苦しさに苛まれた…
そして…ある家族を暗殺する事になった…小さな子供や女も一緒に……
俺は……殺せなかった……泣く子供を…その子を護ろうとする女を…殺せなかった…」
「だから逃げ出して…追っ手に殺されそうになったんだね?」
膝に顔を埋めて声を絞り出す様に言葉にする俺に、そっと双月の手が俺の頭に触れて撫でていく。
「よく 自分の行いに気付く事が出来たね?琥珀?
いい子だ…良かった…君はけして兵器なんかじゃない…ちゃんとした人間だ…」
「…俺は…沢山の人間を殺してきた…けして…人間じゃない…俺みたいなのは…人間じゃない…」
「兵器は気付きはいないよ?君が今抱えてるのは、殺した罪への罪悪感だ…それに気付く事はとても大切な事だ…そしてそれは人間しか持たない感情でもある…
だから、君は人間だよ…」
そうして双月は俺の顔を上げさせて頬に手を添え、真っ直ぐ目を見て言葉にすると、そのままぎゅっと抱きしめてくれた。
初めて抱きしめられる、生きてる人間の暖かな温もり…
俺は…生まれて初めて…声を上げて泣いた。
まるで小さな子供の様に、いつまでも双月に抱き付きながら泣いたのだった……
「人は 望めば生まれ変われる…
君は琥珀って名前を持った瞬間から、全く違う人間に生まれ変わったんだ…
だから君はちゃんと人間として生きていかなきゃならない…
空を翔ける鳥も羽を休める場所が必要な様に、君もまたその翼を休める場所が必要だ…
その場所を、僕が作ってあげるよ…
君が帰る場所を…」
そう 双月は俺を抱きしめながら言ったのだった。
「君は今のままなら、またその組織に殺されるかもしれないから…
それにきっとあの場所が、君の帰る場所になってくれる…」
そう言った双月は、俺にアサシンギルドに行くことを薦めた。
「そこには僕の大事な息子がいる。一人でも君みたいな子を救う為の力を持つ為に、自ら暗殺者の道を選んだ優しい子が…
きっと君とも気が合うと思うよ?」
そう言う双月の顔がなんだか妙に色っぽくて、首を傾げる。
「息子?恋人じゃないのか?」
「っ!?な 何言ってるのっ!?そ そんなんじゃないってっっ」
慌てふためく双月が凄く可愛いと思った。
でも、きっと双月はその男が好きなんだろうとも分かった。
「でも 俺も双月が好きだよ…」
そう告げたら、更に赤くなる双月はもっと可愛かった…
そうして俺は、アサシンギルドへと向かったのだ。
双月のいう男の夢を一緒に叶える為に……
そうして今現在俺は アサシンギルド第三実行部隊「常夜の月牙」の一員である。
いつもはへらへらと掴み所の無いマスター ライだが、俺達を凄く大事にしてくれる。
そして何より強い…
ここに来てからは、俺はライに色んな事を教わった。
人間らしい感情も…
でも、時折ライがふと何かの思いに耽ってる事がある。
俺はそれが双月を思い出している時だと知ってる。
だって俺もそうだから…
でも、俺が双月と知り合いなのは秘密だ。
双月から言わない様に言われてる。
俺が双月から名前を貰ったとか、実はお前の行動を双月に伝えてるとか、抱きしめて貰ったとか、そんな事をライに言ったら、どんな反応をするのか本当は試してみたいけれども…
「マスター どうしたんだ?何か 悩み事か?」
分かってる癖に、わざとお茶が入ったカップを渡しながら尋ねる。
「ああ 琥珀か…ちょっとね…」
「マスターが好きな人の事?」
「ぶっ!!こ 琥珀っ!?なんでっ…」
「前 エド達が騒いでた時、イクス達が言ってたの聞いた…」
「あ~…あの時 いたんだ…」
「うん…マスター その人の事、すごく好きなんだ?」
「…うん そうだね…大好きだよ…中々 落ちてくれないけどね…」
「…きっと その人もマスターの事好きだよ…」
「そうだといいけど…たまに自信なくなる…」
「…だって その人、幸せそうにマスターの事話してるから……」
「っ!?ちょっと待てっ 琥珀っ!?」
慌てふためきお茶を噴き出したマスターににやりと笑って俺は姿を消してその場を後にすると、聞いた事もなく情けないマスターの声が俺を呼ぶのを聞いた。
これくらい、いいだろ?
だってあんた達の間には俺は入り込む隙なんてないんだから…
双月はいつだって、マスターの話を本当に幸せそうに聞いて、そして大事に話してくれる。
それにマスターは知ってるんだろうか?
双月達妖精ってのは、たった一人の相手にしか体を許さないんだって事…
それはつまり、自分の伴侶と決めた相手にだけその体を捧げるって事だ。
もうそれだけで、十分 双月がライを心ではただ一人と決めてる証拠だもの…
何より 俺は二人の事が好きだから…
だからその内、俺は他の大切な人を作ろうと思う。
アンタ達やシオンやイクス達みたいに、大切な恋人を……
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COMMENT
No Title
琥珀君、凄く良いキャラしてますねv あの時、あの場所に居たのかwww 今までもそういう場面がありそう(笑)
グレンはグレンで調教のし甲斐がありまs……ゲフン。琥珀君も良いですね♪
双月に名前を貰ったとか、抱き締めて貰ったと言っても琥珀君には何もせずに、執拗に双月を攻めたり、苛めたりするんじゃないでしょうかwww
リク処理してないのに、ライが琥珀君を育ててる所を書きたいとか、シズクにどう惚れるのかそんな話を書きたい、したいです!!
シズクは黙って居るとお嬢様に見えますが、シノやシオンの娘で妹ですからね(爆)どんなカップルになるんだろうか……
何やら、興奮冷めて落ち着いて感想書けると思ったんですが、興奮気味な乱文になって失礼しました。
ご馳走様でした~
六葉様
そして琥珀を気に入って貰えたみたいで何よりですww
双月との事をバラしたら、ライの反応が面白いので、名前を貰ったとか、自分も双月好きだとかわざと言ってそうだ…そしてその後、双月はライから散々今まで黙っていた事も含めて苛めたり、背中を責めまくって泣かせてそうだなぁ(笑)
ちょっとそれを凄くみてみたいww
私も琥珀がライの元に来て、どんな風に育てたのか見てみたいなぁ♪
そして、シズクちゃんと琥珀がお互いを意識し始める話とか書いてみたい…
琥珀は結構中身が年齢より幼かったりもして、更に素直なので、シズクが違う恰好とかしてたら、「シズク すごく可愛い」とか、普通に言って、シズクが顔を赤くしちゃうとかw
大型犬タイプですが、愛情を押し付けるわんこタイプではなく、傍で大人しく見守りつつ伺う忠犬タイプな琥珀は、きっとシズクが落ち込んだりとかしていたら、ホットココアとか入れて、傍に置いて黙って頭を撫でたりとか、近くで黙って様子を伺ったりとかしてそうです(笑)
そしてシズクとくっついたら、シオンがどう反応するのか…の前に、結婚ってなったら、シオンの事をそのままの無表情で、「シオン義兄さん」とか呼んで嫌がられそうwww