(どうしたんだろ…シズクが悲しんでる…)
任務終了の為の書類を書き上げ、マスターであるライを探していた琥珀は、皆が集まる部屋で一人ぼんやりしているシズクを見つけ足を止める。
ライに育てられる様になり、人としての感情を覚えた事で、人よりも他人の感情に敏感になった琥珀は、そこにいるシズクが悲しいと感じ、じっと姿を見つめるが、そのままキッチンへと足を向けて。
「はい シズク。ホットココア」
「え…?えっと…ありがとう ございます…」
いきなり自分の目の前にカップが置かれ、驚いた様に顔を上げたシズクに、琥珀は全く表情を変えないまま、カップの中身を告げて、シズクはどうしていいか分からず、取りあえずお礼を口にすると、そのカップを手に取る。
「美味しい……」
「よかった」
暖かな湯気が出ているココアを口にすると、ミルクで溶かした暖かく甘い香りが口の中に広がり、小さく微笑みながら声を出すシズクをすぐ傍にソファで見つめていた琥珀は目を細め、僅かに笑みを唇に浮かべて。
「あの…琥珀さん…?いきなりどうしたんですか…?」
「シズクが悲しんでたから」
「っ!?…ど どうして…?」
「…わかんないけど シズクの心が悲しいって言ってた。俺は人よりも人の感情を感じる事が出来るらしいから…」
「そう なんですか…」
驚くシズクに琥珀は淡々と理由を説明し、ただじっと見つめるその視線から逃れる様に、シズクは思わず視線を逸らして。
そんなシズクに琥珀は立ち上がり、そっとその頭を撫でてやる。
「琥珀さんっ?」
「シズクは笑顔が似合うよ?皆 シズクの可愛い笑顔に癒されてる。
俺もシズクの笑顔は好きだ…楽しそうな顔が好きだ…
だから悲しいと思っていたら、俺も悲しくなる…
一体…何をそんなに悲しんでるの…?」
淡々と、でも酷く優しい金にも似た琥珀色の瞳で真っ直ぐに見つめ、そしてやはり飾らず素直な言葉で伝えられてしまい、シズクは顔を思わず真っ赤にしてしまう。
それでも、こちらを心配している想いはしっかり伝わってきて、シズクは手にしたカップをしっかり握りしめ、顔を微かに俯かせる。
「……お母様は…ずっと好きな方がいらっしゃるんです…
でも…お兄様を捨て、辛い思いをさせてしまったから…いつか自分が引退する時にお兄様に自分を殺させるつもりみたいで……
自分は幸せになってはいけないって…でも私は…お母様にもお兄様にも幸せになって欲しい…
きっと…お母様が思う様に…お兄様はお母様を恨んでないと…思うから…
私…どうすれば……」
普段は愛らしく笑い、戦いの場では氷の様な美しさを持つシズクが俯き、今にも泣きそうな顔で苦しみ、悲しんでいる。
年下の、妹の様にいつもその成長を見守ってきた愛らしい子が憂いた表情で、今にも泣きだしそうにしている…琥珀は静かにじっとその姿を切なそうに見つめ、手を再び伸ばすと、ぽんぽんと頭を撫でてやる。
「大丈夫 シズク…シオンはシノを殺したりしない」
「っ!?な なんでお兄様の事っ…!」
「皆 知ってる…知らないのシオンだけ…うぅん…きっとシオンも気付いてる。
だってシオン、シノを見る目 とても優しいから」
驚くシズクに、琥珀は淡々と、だが優しく話しかけ、床に膝を付くと、その視線をシズクを少しだけ見上げる様に顔を近付ける。
「きっと大丈夫 皆幸せになれるよ?
だって シズクが大好きな人達だ。
シズクの笑顔は皆を幸せにする。そのシズクが大切に思ってるんだから、きっとシノもシオンも幸せになる。
根拠は無いけど…きっと大丈夫。
俺はそう思う。
だからシズク 悲しまないで…
今はシオンにはイクスもいる。だから絶対に大丈夫」
「こは…く…さっ…」
顔を近づけ、少しだけ見上げながら、その頬に手を伸ばして優しく撫でながら微笑む琥珀に、シズクは大きな目から涙を溢れさせながら声を詰まらせ、そのまま琥珀に崩れ落ちる様に抱き着いてきて。
「俺を拾ってくれた人とマスターが言ってた。
泣きたい時は泣けばいいって。でも、一人で泣いたらダメだって。
シズクが泣き止むまで俺がこうしてるから、泣いてもいいよ。
一杯泣いたらいい」
抱き着いてきたシズクをしっかり大きな体で受け止め、すっぽりと腕の中に納まる華奢な体を抱きしめてやりながら、柔らかな髪をゆっくり撫でて、嬉しそうに笑いながら泣くように促してやり。
(シズク 温かい…
シズクを抱きしめてると、ドキドキする……
そして気持ちいい…
ずっと 妹みたいって思ってたけど、俺 シズクの事 好きなのかもしれない)
ぎゅっと抱きしめながら、小さなその存在への想いに気付いた琥珀は、より笑みを嬉しそうに深めて、抱きしめる手に少しだけ力を込めてやる。
(ねぇ双月…俺は見つけたかもしれない。俺の命を懸けて守りたい人が…
なんだか…とても幸せなんだ…)
それでもすぐにそれを言葉にするのは恥ずかしいと思い、今はまだ内側にその想いを秘める。
それに、シズクに好きになって貰わなければ。
そうして琥珀は、自分の胸に顔を埋めて泣くシズクの髪に、そっと気付かれない程度にキスをしてやるのであった。
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