「こんな時に卑怯臭ぇけど……イクスだけじゃなく、その……オレだって、居るんだからな!」
そう言って、顔を真っ赤にしたリジェクトの唇が重なった。
今まで、カル二ィフィが襲撃した時に、仮の恋人だと見せつける為の口づけはあったが、
そうではない 初めての口づけ。
くちゅっ…と軽く吸い上げられ、離れる唇。
思いもよらなかった行為に、イシュアは目を驚いた様に見開き、暫く呆然とする。
(え…今の…は…?)
真っ赤になってリジェクトの顔を見ると、リジェクトもまた赤くなって顔を速攻で反らしてしまい、どうしていいか分からず俯いてしまう。
(い 今のキスは…は 励ましてくれてる…だけ だよね…?
家族が親愛の情を示す為にキスで…えと…で でも…なんか 違う気も するし…
おれとリジェクトさんは 仮の恋人同士で…え えと…)
「イシュア…」
「っ!」
混乱した纏まらない思考を必死に纏めようとするイシュアの耳元に、低く艶のある声が囁かれ、びくっと顔を上げると、そのまま柔らかな唇が目尻に寄せられ、そっと涙を舐めとり、優しく慈しむ様な口づけを頬や額に落とされ、怯えた様な混乱した心はゆっくり落ち着き。
ふわふわとした心地よい優しさに、イシュアは目を閉じると、再び唇にリジェクトの唇が重なる気配がして、拒む事無く唇を差し出すと、けして激しくない、啄ばむキスが落とされ、何故だか妙にそれだけだと寂しくて、そのままリジェクトの胸を顔を埋めた。
お互いの心音がお互いに感じる程に静かな空間で、それ以上言葉を交わす事なく、夕飯を食べにメンバーが上がってくるまで、そうして抱き合っていたのだった。
「リジェクトくんが上がってくるまで、イシュア君の傍にいるから
心配しないでお風呂入っておいで?」
「…じゃあ お願いします」
夕飯も食べ終わる頃、お菓子を持って現れた双月は、先にルティと風呂に入ったイシュアを放って置けず風呂に入らずにいたリジェクトに気付き、自分が傍にいる事を提案してやると、リジェクトは少々悩みながらも、風呂へと向かい。
「イシュア君 寝る前にこれをちゃんと飲むんだよ?」
「…はい…」
イクス達と寝ていた大きなベットに横たわっていたイシュアは、双月が持ってきたカップを見ると起き上り、両手で受け取ると、ゆっくり飲み始め。
大人しく中身を飲むイシュアを見ながら、双月は切なそうに目を細める。
元々華奢な体付きではあったが、イクス達が任務へと出かけた日から、心配からか極端に食が細くなり、イクス達が死んだと聞かされてからディル特製の栄養剤だけで、固形物を一切口にしてこなかった体は、見た目ですぐに分かる程痩せてしまっていた。
今もまだ、お粥などを僅かに口に出来る程で、現在も体が食べ物を拒絶してしまう為、ディルがしっかりと栄養が取れるドリンクを作り、それを寝る前に飲んでいる状態だった。
「ちゃんと飲んだね?
じゃあ横になろうか…リジェクト君が来るまでボクが傍にいてあげるから」
「済みません…双月さん…」
ドリンクを飲んだイシュアのカップを取り上げると、双月は寝るように促し、イシュアは申し訳なさそうに謝りながら、その体をベットへと横たえる。
枕元に腰掛けながら、癖はあるが、柔らかい髪をそっと撫でてやる。
「落ち着いたかい?イシュア君?」
「はい…大丈夫です…」
「……ねぇ イシュア君…もし、イクス達が今幸せにしていたら、君はどうしたいんだい?」
子猫を落ち着かせる様に、優しく少し湿った髪を撫でてやりながら、随分と落ち着いてきたイシュアに、少し聞き辛そうに尋ねると、イシュアは少しだけ驚いた様に見上げ、そのまま視線を泳がせて。
「…本当はずっと傍にいて欲しいと思います…
兄さん達の傍が…おれのいる場所だから…本当は傍に…ここに帰って来て欲しい…
でも、兄さんとシオンさんが今幸せなら…例え違和感を持ちながらでも、幸せで穏やかな時間を過ごせているなら…
このままが…いいんだと思います…」
「…そうだね…それが君の…昔からの願いだった……
イクスが幸せになるのを見届ける…それだけを糧に生きてきたんだったね…」
「はい…兄さんが幸せになる事…それがおれの一番の願いです…」
泳がせた視線を双月へと向け、ぽつぽつと頼りない口調で答えたイシュアは、そのまま視線を反らしてしまい。
けして自分が幸せになる事を考える事は無いイシュアの頭を、悲しそうに再び撫でて。
「元から、冒険者となった時も、兄さんはシオンさんと幸せそうだったし、リョウさん達の傍にちゃんと居場所があったから…そのまま離れるつもりでした…
多分、そんな長くおれ にいさんの傍に居れないから、逆に悲しませてしまうし…
そう思ってたけど、結局、兄さん達に助けられる事態になってしまいましたが…」
まだそんなたっていない以前の事を思い出し、思わず申し訳なさそうに苦笑すると、視線を少しだけ双月に向け、ご迷惑をお掛けしましたと訴え、それに対して双月は優しく笑いながら首を横に振るだけで…
「本当に君は変わらない…
イクスの幸せの為になら、どこまでも自分の感情を殺してしまえる…
本心を口にして、甘えて縋ってもいいんだよ?
例え兄弟でなくても、血の繋がりが全く無い訳じゃないし…何より親子の縁は永遠に消える事は無いのだから…
イクス達に甘えられないなら、せめてリジェクト君にでも、甘えたらどうかな?」
優しく労わる様に、何度も頭を撫でてくれる双月から告げられた言葉に、リジェクトの名前が出てきて、少しだけ目を見開いて。
「ねぇ…イシュア君…
君はリジェクト君の事をどう想っている?」
「…どうって……」
どうして?とイシュアが口にする前に、双月はその大きな青色の瞳を覗き込み、優しく尋ね、イシュアは言葉を失いながら、困った様に視線を伏せて。
「好きかい?」
「好き…です…」
「その好きはイクスへの想いに似てる?それともリョウ君達への想いに似てる?」
「………兄さんへの…好きに…似てます…
でも、なんか違う感じで…けれど…リョウさん達への好きとも 違います……」
「抱きしめられたり、キスされるとドキドキするかい?」
「…はい…凄く…ドキドキします…」
「リジェクト君が居なくなったらどうする?」
「っ!?や…やだっ!!」
困った様子のイシュアを見下ろしながら、双月は未だにリジェクトへの想いにちゃんと気付けていないイシュアを誘導尋問する様に質問を重ねて、イシュアの想いを引き出してゆき、リジェクトが居なくなったらと言葉にした途端、イシュアは青ざめて、今にも泣きそうな顔で双月を見上げ、必死に小さな手で双月の手を掴んで。
その様子に双月は慈愛溢れる笑みを浮かべて。
「それが リジェクト君への君の想いだよ…
イシュア君…彼はね、君がイクス君を失った絶望から、発狂してしまった間、ずっと片時も離れず君の傍にいた。
誰にもその隣を譲らず、ずっと君の傍に寝る事すらロクにしないで、付っきりで看病をしていた彼の気持ちを、君もそろそろ気付くはずだ…
失いたくないなら、ちゃんとその手を離さずにいないとね?
秋風の様な彼を留めておくのは、君にしか出来ない事だよ?」
「っ……」
顔を覗き込みながら双月は優しく、子供に言い聞かせる様に、イシュアの気持ちと、そしてイシュアに注がれるリジェクトからの愛情を言葉で教えて、自分の服の袖を握るイシュアの手に自分の手を重ねて、優しく握りしめてやり。
戸惑う様な、それでも双月が言わんとする事がやっと分かったイシュアは、真っ赤になり、そんなイシュアを微笑ましくみながら、額の髪を掻き上げて口づけをして。
「君自身が幸せになるおまじないだ。
そこらへんのおまじないより、余程効くからね?」
そう言って、双月はベットから立ち上がり、自分とリジェクトの気持ちに気付き始め、どうしていいか分からない、困った様な顔のイシュアを置いて、静かに部屋から出て。
「イシュア君に気付いて貰おうって思ったら、ちゃんと告白しないと気付いて貰えないよ?
人の感情には酷く敏感だけど、自分と、そして自分への感情には極端に鈍い子だからね…
そろそろ君達二人は、自分の幸せを考えなきゃ…
ね?リジェクト君?」
「本当に…わざとだったんスね…」
「ふふ…だってねぇ 皆に幸せになって欲しいじゃない?
…青空を覆った雲をどかせる事が出来るのは、風しか出来ない事なんだからね…」
扉の脇に立ったまま、顔を真っ赤にし、苦虫を噛み潰した様なリジェクトに双月は笑顔で答え、励ます様に肩を叩いて。
「大丈夫…皆 幸せになれるよ…
この件がちゃんと片付いたら…ボクも逢いに行こうかな…?」
宵闇のギルドハウスを出た双月は、月明りに照らされた石畳の上を歩きながら、より深く輝き翡翠の瞳を天へと向けて、まるで先が分かっているかの様に呟き、長らく逢っていなかった相手を想い、その唇に笑みを浮かべて、闇の中へと溶け込んでゆき……
暫く扉の前で真っ赤になったまま、部屋に入れなかったリジェクトが、意を決してちゃんと告白する為に部屋に入ると、色々な自分の感情に追いついて行けず、目を回して気を失っているイシュアがいたそうだ…
そんな訳で またもやちゃんと告白をする事が出来なかったリジェクトがいた……
[0回]
PR
COMMENT