「間に合ったっ!!イグドラシルの樹よっ…我に力をっ!!」
イクスに抱かれるイシュアの姿を見て、双月はほっとした表情を見せたのも束の間、床に足を付けるかどうかの所で懐から取り出した枝を振り声を上げると、光り輝くその枝は光に包まれるイグドラシルの樹が部屋一杯に枝や葉を広げて。
「双月…さっ…」
「説明は後だっ!イクスっシオンくんっ!イシュアの胸の石を通じて、力を送って魂を引き留めてっ!
リジェクトくんとカニくんは常にサンクチュアリを展開っ!
アレスくんはクリアフィールドをイシュアに掛けた後、いつでも魂を戻せる様エリアフィールドが出来る様にしてっ!
ディルくんは皆にポーションピッチャーをっ…リョウくん達は絶対にココに誰も立ち入らない様にっ!
今から完全に無防備になるから何かあれば僕達を守って…全力を持ってイシュアの体を元に戻すっ」
驚く皆に素早く指示を与えた双月は、イグドラシルの樹が放つ光を纏い、より一層神がかり的な美しい表情でイシュアの胸に手を置くと、小さく深呼吸をし。
―この世界と共に歩みし イグドラシルの樹よ…
その語る唄を我に聞かせよ…その唄を我に…その命を宿す力を我に…
己が為ではなく 愛おしいと想う者へとその力を使う事を許したまへ
天と地を結ぶ約束の場所にて 今こそ我は貴方へ誓おう…
影一つ無き 真なる願いと共に…今こそ我にその力を…!-
薄く大きく広がる六枚の羽根が眩しい程の光を放ち、イシュアの胸に置く双月の手も不思議な魔法陣を描きながら光に溢れ。
一際祈る様な歌声が響いた瞬間、パンッと大きく光が弾け、一瞬にしてイグドラシルの樹は幻影の様にその場から消えてしまい、双月の翼もまた、溶け消える様にその背中から消えてゆき、纏う翠の衣もいつもの通りのバードの服に、翠の長い髪も漆黒の髪に変わった途端、そのまま床へと倒れてしまい。
「双月さんっ!?」
「あ~…全力出しすぎた…はぁ…でも、もうイシュアは大丈夫だよ?」
急いでリジェクトは手を伸ばすが、それより先に倒れこんだ双月は、床に寝そべり青ざめた顔のままで、それでもいつもの調子で笑みを浮かべて答えて。
「アレスくんの力でヴォルガンの薬は完全に無効化されたし、僕の力で溶けて使い物にならなくなった内部を全部元に戻した…
外傷ならばそんな大変じゃないんだけど、内部の…それも全ての臓器や骨や組織なんかを全部復活なんて神がかり的な事はさすがに僕だけの力じゃ無理だったから…準備するまでに時間掛かっちゃたけど…なんとか間に合って良かった…」
リジェクトに支えられつつ上半身を起こした双月は、余程力が入らないのかリジェクトの手に支えられながら、不安そうに見るイクス達に説明をしてやり。
「あ…あのぉ…すまへん…その…双月はん…一体あんさんは何者なんや…?」
イシュアが無事と分かり、ほっと安堵の息を吐き出したリョウとアルであったが、今まで見たこともない姿でいきなり空間からプリでも無いのに出てきた双月を思い出し、恐る恐る尋ねて。
そんなリョウの問いかけに、顔を向けた双月は小さく苦笑して。
「あぁ…リョウくん達には言って無かったね…
僕はね半魔と言われる、妖精と人間の間に出来た子なんだ。
この姿もさっきの姿も本当の僕だ。と言っても、人間として生きる道を選んだ僕は妖精の姿でいるのは体に負担が掛かるから、ずっとはあの姿じゃいられない。
こうして妖精としての力を使う時のみ、あの姿になるんだけど…
今回は父に力を借りに会いに行ってたから、フルパワー状態だったし、服まで変わっちゃったりしてけど……僕の事、怖いかい?」
「……そんな訳あらへんやん…双月はんは大事なわいらの家族や」
衰弱しきった、少しだけ寂しそうに笑いながら自分の事を説明する双月に、リョウは驚きつつもすぐにいつもの笑顔を向けてきて、双月は少しだけ泣きそうな顔で微笑みを返して。
「ところで双月さん…父親って一体誰なんだ…?」
「あぁ…えーと……僕の父親は……イグドラシルの樹だよ」
「っ…えええぇっっ!?」
漸く穏やかな呼吸に変わったイシュアに、本当に大丈夫だと悟ったイクスは、それでもその傍を離れる事無くイシュアの髪を撫でながら、ずっと気になっていた双月の父親の事を尋ねると、少しだけ視線を彷徨わせた双月は、父親である存在の名前を口にして、その答えにそこにいた全員がそれぞれに驚き。
ただ一人だけを除いて…
「だから…そんな治癒能力があるのか…」
「まぁ、絶対的な力を持つイグドラシルの樹には到底及ばないし、生き返らしたりも出来ないし…精々怪我を治す程度しか僕は力を受け継いでないんだ。
今回みたいな事は僕じゃあ無理だったから、父に会いに行って、力を少しだけ貰って、更にこっちでイグドラシルの加護を貰える様に力の宿った枝を持って来たんだよ。
後は君達の力があったからね…それで何とか…
なんでイシュアが危険だって事に気付いたのは、またその内ね?」
イクスの言葉に再び力なく笑いながら、自身の力がどれだけのモノか説明をしてから、イクスとシオンに向かって少しだけ悪戯っぽくウィンクをして。
「多分イシュアは2、3日は寝込んでると思うけど、その内目覚めるから。
かなり強引的な事をしたし、何より酷く体に負担が掛かってる…元に戻しただけで、体が弱いのは変わらないけど…
こっからはディルくんの出番だ。
この後の事は君に任せるるよ。僕は怪我を治したりは出来るけど、体力を戻したりとか出来ないからさ」
「承知したのだよ…」
力なく笑いながら状況を説明し、ディルへと後を頼むやり取りをしている最中に、いきなりずっと事の成り行きを見守っていたサーシャリィーは双月に向かって歩き出し、まるでリジェクトから奪い取るかの様に双月の前に足を付くとそのまま抱き締めて。
「わっ!?あ…あれ?もしかしてサリィ?」
「双月っ!やっと見つけたぞっ!」
あまりのいきなりの事に、さすがの双月も驚くが、やっとその相手がサーシャリィーだと気付くと、知り合いだったのか、強く抱きしめる相手の名前を呼ぶと、サーシャリィーその肩に顔を埋めて悲痛気な声を漏らし。
「双月さん…知り合いなのか?」
「うん…もう随分前に…えーと…30年以上ぶり?」
「お前に一目ぼれして…共に生きていくつもりで逃がしたのに…俺の所から逃走しやがって…
どんだけ探したと…なんだ…その男がお前の男かっ」
「違っ…オレはちゃんと他にっ…」
「まずはその薄汚い手を放して貰おうか…」
その状況に困惑気味で背後にいたリジェクトは控えめに尋ねるが、双月を抱きしめたまま睨み付け言いがかりを付けてきたサーシャリィーに慌てて否定するが、それと同時にふわりと風が吹き、ピタリとサーシャリィーの首に冷たいカタールの刃が添えられ、低い声が囁いてきて。
「っつ…うわっ!」
「全く…双月を抱き締めていいのはこの僕だけなんだから…」
言ったが早いか、固まるサーシャリィーは肩を掴まれそのまま背後へと投げ飛ばされてしまい、黒いオーラを隠そうともせず、いきなり現れたライはそのまま双月を両手に抱きかかえ。
「やっぱりマスター来たんだ?」
「うん 護衛としてイグドラシルの幹までは一緒に行ったからね…
双月先に行っちゃうし、急いでここまで来ちゃったよ…ところで双月…この男は?」
あまりにもの唐突のライの現れ方にイクスは少々呆れつつも声を掛けて、ライは双月を軽々と抱き上げながら、こちらに来た経緯を説明すると、転がった男を冷たく見下ろしながら尋ねて。
「随分前…ライに会うより昔に、一度研究機関に捕まった事があってね…その時その組織を裏切ってまで僕を助けてくれた命の恩人だよ」
「え…?」
「なんだよいきなり…俺を裏切ったくせに、俺の元から逃走しておいて、その男と付き合ってやがるのかっ」
「だって…サリィ…助けてくれたのは感謝するけど…その後僕の事監禁するんだもん…
それに僕は一言だって、君を選ぶなんて言ってないよ?」
「なんだとっ!!」
「そこまでっ!続きは…サリィって言ったけ?今度たっぷり聞きに僕が来るから、覚悟して待っていて…じゃあ、僕達はここで失礼する。何かあれば連絡くれ」
関係を尋ねられた双月から発せられた理由にライは思わず驚くが、立ち上がり食って掛かるサーシャリィーに腕の中から双月は答え、それに声を荒げるが、さすがに酷く憔悴しきっているのか、顔色が悪い双月を気遣い、無理やりその場を収めたライは、サーシャリィーに向かって酷く冷たい瞳を向けたまま微笑みを向けると、そのまま互いの手を合わせて蝶の羽を潰し、その場から消えてしまい。
「…くそっ…やっと見つけたってのに…何なんだこの仕打ちはっ…」
「あ~…あのさ…イシュアの状態とか説明してくれたのは感謝するけどさ…アンタ誰だ?」
苛立ちながら癖のある髪を思いきり掻き毟る相手に、イクスは疑問に思っていた事を口にして、事実誰一人サーシャリィーを知らなかったメンバーは一斉に視線を向けて。
「済まない…それはボクから説明させて貰う。彼を連れてきたのはこのボクだ」
その視線からサーシャリィーを庇う様に声を上げて前へと出たのは、カルニィフィであった。
「彼はサーシャリィー…元研究機関で働いていて、今はフリーの薬屋をしてる。
とてもいい腕をしていて、今までイシュアに飲ませた薬は全て彼が作った物だ。
血まみれのイシュアを見つけて、すぐに彼の元へ運んだんだ…
でも、尽きる命だと言われて…イシュアの状態を説明する為に一緒に来てくれた……っ…よか…た…イシュアが…生きてくれて…本当に…」
「結局は本当に説明しにきただけだったがな…ずっと研究しても、何の役にも立てねぇ…
この薬の分析表はアンタにやるよ…今までヴォルガンが作った薬の詳しい事が知りてぇ時は俺の所にくりゃあいい。
それに研究室なみに機材も揃ってる…
おら…折角あの子が大丈夫だったんだから、これ以上ココに邪魔してんじゃねぇよっ!さっさとポタだせっ!帰るぞっ」
説明を始めたカルニィフィは目の前で再び穏やかな顔で眠っているイシュアを見た途端、ボロボロと泣き出してしまい、声を出す事が出来なくなり、そんなカルニィフィを見たサーシャリィーは盛大な溜息を吐き出して頭を掻くと、手にした書類の束をディルの手に押し付けて、眼鏡を押し上げると、後ろからカルニィフィの足を蹴り付けて。
「うう…まだイシュアの傍にいたいっ」
「いや…折角仲間と一緒にいるんだから邪魔すんなよ…」
「また…イシュアの様子を見に来るよ…それまでリジェクト君…イシュアを頼む」
「…てめぇにお願いされなくても、自分の彼女くれぇちゃんと診てるよ」
帰る事を促され、整った顔をぐしゃぐちゃにしながら拒むカルニィフィに、けして歓迎されてる状態じゃない事を感じたサーシャリィーは帰る事を促し、涙をハンカチで拭きながらカルニィフィはリジェクトを見て頼み込むと、リジェクトもまた少々呆れつつも答えてやり。
「あの…サーシャリィーさん…私は貴方を探していた。いいたい事もあるが、今度…そのヴォルガンという男の事も一緒に、貴方の所に聞きに伺います」
「…あぁ 勝手にくればいい…」
あまりにも目まぐるしく展開する状態に発言する事を忘れていたディルは帰ろうとするサーシャリィーを呼び止めて言いたい事を告げ、サーシャリィーもまた短く答えてウィズ番号の載った紙をそこに置くと、カルニィフィと共にワープポータルの光の中へと消えていってしまい。
「んっ……」
シンッとした室内に小さくイシュアの声が響き、イクスのぬくもりを求める様に身じろきをしたのを見て、ほっとイクスやリョウ達は吐息を漏らして。
「本当に…大丈夫なんだな…イシュア…この…バカっ…」
そっと頬に手を触れさせると、今度は暖かなぬくもりを感じて、確かにイシュアが生きている事を実感したイクスは、思わず声を詰まらせながらしっかりその体を抱きしめ、シオンはそんなイクスをイシュアごと抱きしめてやり。
「ほんま…良かったわ…ほんまに…
あぁ、わい…なんかお茶淹れてきますわ。ちょっと待っててくださいね」
「あっ…ボクも手伝うよっ」
そんな様子を見ていたリョウは、思わず涙ぐんでしまい、それを誤魔化す様にお茶を淹れる口実を作って部屋を出てゆき、同じく目を真っ赤にしていたアルもその後ろを追って。
(ルティ…?)
思わず零れそうになる涙を見せまいと後ろを向くディルは、先ほどまで静かにそこにいたルティがいない事に気付き、部屋を見回してから、そっと部屋を出て行き。
「でも…本当にこれで…イシュアはもう大丈夫なんだよ…な…?」
イクスとシオンに抱きしめられる形で眠るイシュアをアレスと共に見ていたリジェクトはほっとしつつも、失う恐怖が拭えない為か小さく呟き。
「それは……」
『イクス…さっき話せなかったから、ウィスで伝えるね…』
不意に双月から、イクスへのウィスが繋がった……
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