『兄さんっ!』
『イクスっ』
『イクスはんっ』
『イクスさんっ』
そう 笑顔だったり、深刻な顔だったり 泣きながらだったり…
その不機嫌そうな顔とは反して、大事だと思った相手には心を砕き、相談に乗ったり、解決してやったりする…イクスは自分の置かれている立場に満足していたし、幸せでもあった。
やっと手に入れた、家族…
まるで立場的には その家族の母親としての位置に複雑な感じはしていたが…
嫌ではない。
けれど、そんな自分はどう甘えたらいいのか…
自分もまた、兄ではなく弟として、甘える存在が欲しい…
そう思うたび、なぜか胸が切なくなって 泣きそうになるのであった…
「ふぅ…」
プロンテラの大聖堂を出てきたイクスは、ため息と共に大きく体を伸ばす。
ここに来るのは本当に苦手だ…
「ん~ ついでだから買い物でもして帰るかな…」
通常は買い物に来る時は必ずシオンか、他のギルメンと一緒ではなければいけないと、夫シオンから言われているのだが、簡単な買い物だけだし構わないだろうと言う様に露店が立ち並ぶ路へと足を運ぶ。
「おっ!ハイプリの美人さんが一人じゃあないか~」
「ホントだっ ねぇねぇ美人さん 俺達とあそばね?」
やっぱりというか、いつもの事と言うか…路地に屯っていたロードナイトとシャドーチェイサーがイクスの姿を見て笑顔でナンパしてきて、イクスは深くため息をつく。
「はぁ…あのな…」
「ボクの弟をナンパしないで欲しいな?」
自分を囲む様に迫ってきた二人に、イクスは呆れ顔で言い返すより先に、その背後から和やかな声が掛かる。
「双げ…」
「あぁ?弟?にてねぇなぁ…ってか 邪魔すんなよ?」
「今から可愛い弟と遊ぶ約束してるんだら そっちこそ邪魔しないでくれるかな?」
「ケッ…バードの分際で俺達に意見してんじゃねぇよっ」
「てめぇら…」
振り返ったその先には、にこやかな顔をした双月が立っていた。
双月の名を呼ぶより先に、不機嫌極まりないシャドーチェイサーが頭から足まで双月を見てから睨みつけ、そんな視線に何とも動じない双月は相変わらずにこやかにイクスの離す様に話すが、ロードナイトはただの2次職であり、更にバードである双月を馬鹿にした様に吐き捨てると、双月を馬鹿にされた怒りからイクスのこめかみに青筋が生まれて。
「布団がふっとんだ!!」
「げぇっ!?」
「ぐわっ!?」
イクスが相手に殴りかかるより早く、頬笑みを浮かべた双月の口からバードスキル、寒いジョークが飛び出し、途端にシャドーチェイサーと更にロードナイトまであっと言う間に全身氷付いてしまい。
「さぁ イクスくん?行こうか?」
イクスだけを避けて氷付いた二人にさすがに驚くイクスだが、くすくす笑いながら双月はイクスの手を取り その場から離れて。
「えーと 双月さん…ここは…?」
プロンテラにある建物の2階部分にある食事処にきていた。
内装的にはどこかフェイヨンやアユタヤなどを連想させる様な感じでもある。
テーブル越しに向かい合った双月に、言われるまま連れて来られてしまったイクスは、少し居心地悪い様子で尋ねる。
「あぁ この店は最近出来た多国籍料理を出すお店でね、特に辛い料理が美味しい所なんだ。でも ボクの周りは辛いの好きな子がいなくてね、それで君を連れてきたって訳」
イクスににこやかな笑顔を向けた双月は連れてきた理由をさらりと告げて、オーダーを聞きにいたウェイトレスに料理をさっさと注文してしまい。
「えっと…さっきは有難うございます。助けて頂いて…」
「ん?あぁ 丁度通り掛かってね…
さすがに旦那さんがいる人にボクの恋人だから…とかは言うわけにはいかないでしょ?」
頭を下げて礼を言うイクスに、掌をひらひらさせながら シオンくんが怖いしね~
と 楽しげに笑って。
「ボクの弟って言われたの もしかして嫌だった?」
どこか戸惑う様な、居心地が悪そうなイクスを見て、首を軽く傾げながら尋ねると、イクスは慌てて首を横に振る。
「いやっ…そんな事はない…
なんつーか…弟とかって言われて助けられた事とか無かったから…
ちょっと 戸惑ってるっていうか…」
「まぁ 本当は君のお祖父さん…いや ひいお祖父さんって言ってもいい年齢だから 弟は失礼だったかな?」
「外見は十分 兄さんだって思う…」
否定して、戸惑い照れる様子なイクスに楽しげに笑い、また真面目に答えてくる様子に更に笑ってしまいながら目を優しく細め。
「そんな笑わないで下さいよ…」
「いやぁ あまりにも可愛くって…」
「ったく…双月さんとだと なんか調子狂う…
しかし双月さん…アンタ 本当にバードなのか?
幾らなんでも シャドーチェイサーだけじゃなくて、ロードナイトまで凍らせるって…」
「永く生きてるとねぇ 色々コツが分かってくるんだよ
逃げ足だけはボク早いからっ」
いつもの不機嫌そうなあまり表情の分からないイクスではなく、どこか本来の年齢の顔を見せるイクスに 楽しげで、そして優しい笑みを浮かべながら、聞かれた質問に元気よく双月は答えて。
「お待たせしました~
激辛キムチチゲ鍋と 激辛キムチチヂミ 激辛トマトスパゲッティお持ちしました~」
にこやかな笑顔でウェイトレスがテーブルに双月が注文した物を並べてゆく。
二人の目の前に並べられたのは 自分のいるギルドではまず作れない、激辛料理だけであった。
「…これって…」
「イクスくん 激辛料理好きでしょ?だから付き合って貰おうと思って誘ったんだ~」
「双月さんも好きなんだ?」
「うん ボクは甘いのも辛いのも大好きだよ」
ギルド内では自分以外 辛い物が好きな人はいなかった為、こんな所で同じ物が好きな相手に、なぜかホッとイクスは笑顔になった。
「はぁ なんか久々に喰った気がする…」
「イクスくんは小食だからねぇ
殆どボクが食べちゃったよ」
食後のお茶を飲みながら、満足そうに腹をさすり息を吐き出すイクスに、嬉しそうに双月は笑う。
「ありがとな 双月さん」
「いいって…
ねぇ イクスくん?もう少しボクを頼ってくれないかな?」
「…え?」
礼を言ったイクスに、いきなり思ってもない事を言われ、イクスは目を丸くする。
「君は一人で色々背負いこみ過ぎだよ?
一応 シオンくんに多少は甘えるみただけど、君は長男で兄って言う考えが常にあって、全部自分が前に立ち 処理していこうって所がある…
それも確かにいいんだけど、たまには誰かに甘えるのも必要だよ?
おにーちゃんは 君の事も大事な弟だって思っているんだからね?」
色々な物を見透かす様な翡翠の瞳でイクスの瞳を捉えて、イクスが一人で抱え込み過ぎない様に助言すると、そっと手の伸ばしてイクスの頭をぽんぽんと撫でてやり。
「双月さん…」
「たまには兄さんって呼んでよ~ ボクだって弟が欲しかったんだから~」
なにか、ずっと抱えていた物が少し軽くなった様に、イクスはずっと幼い顔で双月を見つめ、双月はにこやかな軽い口調で兄さんって強請ってきて。
「…に 兄さん…」
「えへへ~ 嬉しいなぁ~
イクス~ これからはたまに兄さんと遊んでねぇ」
「う…うん…」
顔を真っ赤にして、俯きながらも小さく兄さんと呼んでくれた事に、双月は満面の笑顔を見せて がしがしとイクスの頭を撫で回し。
(こうやって 頼っていい兄さんがいるって…こんなに落ち着くもんなんだ…
ちょっと イシュアの気持ちが分かった気がするな…
あいつの兄で良かった…)
絶対的な安心感…それを感じさせてくれる双月の存在の大きさに、イクスは安堵した様に息を吐き出し、小さな自分の弟も同じ気持ちだろうかと考えると、また内側から嬉しさが込み上げてきて。
「イクス…たまにはおにーちゃんを頼らないと拗ねるからね?」
「あぁ ちゃんと兄さんに相談するよ 双月兄さん」
別れ際 双月はイクスを弟として呼び捨てにして、指を立てて言いつけ、そんな可愛いとさえ思ってしまう双月の様子に、笑いながら頷き。
「マジで こんな安心感とかって初めてだな…
たまには兄さんに甘えるのも悪くない。
…帰ったら イシュアを目一杯可愛がってやるか」
そう言うイクスは日中の様な陰りは無く、爽やかな顔で足取りも軽くギルドメンバーの待つ、仮宿へと帰って行った。
そんなある日の出来事…
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COMMENT
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あ、挨拶遅れました。おはようございます。東雲です。
双月さんが素敵な兄過ぎて萌え……というよりほのぼのさせて頂きました~。はぅー朝から幸せな気分ですv
自分が考える話とは違う感じになるのは参考になって良いですよね。あぁ、こういう視点もあるんだって。
いつも創作意欲を掻きたてて下さって有難うございます。大満足です!!!
ご馳走様でしたv
東雲様
素敵リク 有難うございますw
こんな話になってよかったのか、ドキドキでしたが、満足して頂いてとても安心しました☆
ちょっとたまにはイクスにほのぼのして欲しくって、初めはプロの城壁の外で二人でお弁当を食べるって考えてたんですが、イクスと双月 二人じゃないと出来ない事ってなんだろうと考えて、激辛料理を食べに行くって話になりました(笑)
確かに いい意味で自分が考えた話とは違っていて、私もいつもとても参考になってます☆
読むのが楽しみでいつも仕方ないです♪
そして、創作意欲と言う萌魂に火をいつも点けて下さる 東雲さんですw
いつも有難うございますw
これから イクスは双月を 兄さんって呼んでくれたらいいな~ww