ーアマツー
桜が舞い散る城下街をディルとルティはゆっくりと歩いていた。
暖かな風が木々を揺らし、満開の桜の花びらが舞い落ちてゆく。
「綺麗ですね…」
「そうだな…」
ルティは桜を見上げていた視線を僅かにずらし
その隣にいるディルに向ける。
身長差がある為、あまり表情は見えないが
穏やかに笑みを浮かべているのは見えて、ルティは嬉しそうに笑みを深めた。
こうやって二人きりでディルの故郷アマツに来るのは初めてであった。
今日はディルの実家に用事がある訳でもなく
そして他に誰もいない…
いつもだったらディルの頭にいるホムのゲイルも今日はいなかった。
本当の二人きり…
ただこうやって 桜を見ながら二人で歩いているだけ…
それだけであったが ルティの心はいつもよりずっと晴れやかで
そして胸が締め付けられる位 嬉しかった。
正直 狩り以外で二人きりで
それも、ディルから誘って こんな風に出かける事など無かった。
(これって…デート…だよね…?)
口下手なディルからあまり好きとか
甘い言葉は殆ど貰う事はない。
手を繋いだりした事もなかった。
でも抱きしめてくれたり、口づけをしてくれるから
ちゃんと愛して貰っているという実感はある。
(でも、これ以上贅沢言っちゃ…だめだよね…)
少しだけ斜め後ろを歩いていたルティは
視線を顔から手に落とし、自分の手をディルの手に触れさせ様として、結局出来ないまま手を元に戻し、桜を再び見上げる。
「ここら辺でお茶にしませんか?」
人のいない 桜が折り重なる様に咲いている場所まで来ると
ルティは足を止めてディルに話しかける。
「ここなら人も来ないし ゆっくり出来るであろうな」
ディルも足を止めて周りを見渡し 桜の根本に腰を下ろすと
カートから包みを取り出しルティに渡してやる。
受け取ったルティは素早く風呂敷を解くと
中から出てきた竹籠から
可愛らしいうさぎの形をしたまんじゅうと
柏の葉に包まれた餅菓子を取り出し皿に乗せ
それと一緒に水筒に入れてきた茶をカップに注いでディルに渡してやる。
「これはまた…随分可愛い菓子なのだな…
ルティが作ったのか?」
「はい…イシュアくんに教えて貰って作ってみました…
お口に合えばいいんですが…」
菓子を見て驚いた様に尋ねるディルに
ルティは恥ずかしそうに頬を染めて俯きながら答える。
「では…頂くとしよう?」
「はいっ」
どこか嬉しそうに笑うディルを見ながら、初めて作った和菓子を口に運ぶのをルティは心配そうに見つめる…
「どう…ですか…?」
「とても美味しいのだよ。有難う ルティ」
「よかったぁ…」
なんとも優しく頬笑みながら美味しいというディルにルティはほぅっと胸を撫で下ろして、自分も作ってきた和菓子を口に運ぶ。
二日程前にディルに花見に誘われて、慌ててこっそりと菓子作り全般が得意なイシュアに習い作った為、あまり味に自信が無かったルティは、本心から安堵した様に笑みを浮かべる。
「とても美味しかった…
また作って欲しいのだよ」
「もっと色んな物作れる様に頑張りますねっ」
ディルに喜んで貰える。
それだけがルティの一番の幸せである為
また作って欲しいと言われると、満面の笑顔で答えてしまう。
「あぁ…ルティ…花吹雪きだ…」
さわさわと風が吹き
花びらが舞い落ちてゆく様子を見上げるディルの姿にルティは満ち足りた気持ちになり、思わずその顔を見つめてしまう。
自分が心から愛している人…将来を共に過ごしていたい人…
自然と幸せから笑みを零れてしまう。
「どうしたのだ?ルティ?」
「え?あ…え えっ…」
ずっとディルの顔を見ていた事に気付かれ、こちらを見返すディルにルティは慌てて赤くなった顔を逸らして、誤魔化す様に手元にあったお茶を一口飲む。
「え…えと…その…
しょ…将来はこのアマツで…ふ…二人でお店ですか?」
何か話題をと考えて、思わず本心であった言葉が口を突いてしまい、言った後に慌てて口を押さえて、赤くなった顔を隠す様にディルに背中を向ける。
「そうだな…店を継ぐ気は今は無いのだよ……」
風に吹かれながら背中から聞こえたきた言葉に
ルティは思わず目を見開く。
ディルの両親は看板娘にと喜んでくれて、ディルも何だかんだと喜んでくれた。
あれが、自分と将来あの店を継ぐという事だと思っていた。
そう
勝手に思っていたのだ…
ディルが将来あの店を継ぐ時には、自分を選んでくれると…
(あぁ…やっぱり…ボクじゃあ…役不足…だよね…)
「そうっ…ですよねぇ…
済みませんっ…勝手な事言っちゃって…
将来なんて分かんない事だしっ…
あぁ…本当に桜って綺麗ですねっ」
将来 お前と店を継ごうとは考えてない…
そう拒絶された様な気がして、ルティは振り返らず泣きそうなのを堪えながら明るい声でこたえ、強い風が吹く中桜が舞うのをいい事に、立ちあがり手を伸ばして、桜の花びらを追いかける様に走り出した。
「ルティ?」
「中々っ…桜の花びらって捕まえられませんねっ…とっ…」
いきなり桜の花びらを追いかけて走りだしたルティに怪訝な様子でディルは声を掛けるが、ルティは花びらを追いかけながら距離を取ってゆく。
(馬鹿だボク…本当に自惚れて…
なんでボクなんかをディルさんがお嫁さんに貰ってくれるとか考えちゃったんだろ…
将来はきっと…もっと可愛いお嫁さんとか貰って…そっくりな子供とか生まれて…
ボクじゃ…無理だから…
凄くっ 恥ずかしいっ…)
「きゃぁっ…!」
「ルティっ」
考えだすと止まらなくなり 思わず溢れる涙を見られない様に走って逃げようとするが、桜の根本に躓いてしまい、思わず悲鳴を上げた所に後ろから追いかけてきたディルの腕が腰に回り支えられてしまう。
「全く…危ないのだよ…一体どうしたというのだ?ルティ?」
「あ…の…さ 桜…おいかけ…て…っ…」
腕の中に収めたままルティの行動に不思議そうに尋ねるが、ルティは背中を向けたままディルを見る事なく、誤魔化す様に言葉を紡ぐが、次第に溢れる涙に声が擦れてしまう。
小さく震える華奢な肩…
泣いている事が分かり、ディルはルティの体を自分の方に向ける。
顔を上げるのを嫌がるルティの顎に指を掛けて上を向かせ、涙で濡れた色素の無い瞳を覗き込む。
「どうしたのだ?ルティ…」
「なんっ…でも…ないです…ごめん なさい…」
訳を聞いても頑なに答えようとしないルティに眉を寄せ、一体なぜ泣いているのか考えると、ふと 自分が言った言葉を思い出して。
「もしかして…家を今は継ぐ気は無いと言った事か…?
お前とだから家業を継がないと言った訳ではないのだよ?
ただ 今は家業を継がないと言うだけで、ルティがいるから継がないと言う訳ではないのだ」
「…そう なんです…か?」
今にも自分から逃げそうなルティをしっかり抱きしめて、瞳を見つめながら、自分が発した言葉についての説明をし、それを聞いたルティは訝しげにディルを濡れた瞳で見つめて。
「あぁ…言葉が足りなくて悪かった…
私には夢があるのだ…」
「夢?」
「そうだ…ルティ…お前と一緒にこの世界の全てを周る事…
それを叶えてから、家を継ごうと思っているのだ…
付いてきて くれるだろうか?」
「この世界を一緒に…?」
「あぁ…」
「っ……」
言われた言葉を信じられない様に見つめ
そして、再びルティの瞳からは涙が溢れ出して…
「本当にルティはすぐ 一人で暴走してしまう…
心配でしょうがないのだ…
ずっと 私の傍にいるのだぞ?
いつになるか分からぬが 共に世界を周ろう…」
「は…ぃ…」
それはまるでプロポーズの様で…
益々涙が止まらなくなったルティの頬に指を滑らせて
まるで雪の様に二人の間に舞い落ちる桜の花びらに包まれながら
ディルはそっとルティの唇を優しく塞いでやる。
「愛しているのだよ ルティ…」
「ボクも…愛して います…」
風と音しか聞こえない空間で 僅かに唇を離し
互いに心の想いをありったけ詰めて 愛していると囁くと
どちらからと分からぬ内に再び唇が重なった…
そうやって何度も唇を求め合った後
ディルは体を離し ルティに向かって手を伸ばす。
「さぁ…お茶の続きをしに戻ろう?」
「……はい……」
そっと…
伸ばされた手に自分の手を重ねる…
大きな手に包まれる様に握りしめられる自分の小さな手…
手を繋いだ二人は
寄り添いながら歩き始めた。
「たまにはこうやって…手を繋いで歩こうではないか…
嫌か?」
「いいえっ!凄く…嬉しいです…」
「私もだ…」
ディルの夢が叶うのはまだまだ先の話…
でも 共に手を繋いで色々な場所を二人で歩ける様になるのは
ほんの少し先の未来の話…
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