「そんな…」
ギルドハウスに戻り 自分達の部屋のベットに寝かされた
イシュアの姿を見て
イクスは目を見開き 愕然とする。
華奢なまだ小さな弟は
首輪と鎖こそ シオンによって先ほど外されたが
その細い首と手足には擦り切れた赤黒い痕があり
その他の傷は これからオークションにかけられる予定だったので
粗方治されてはいたが
あちらこちらに まだ暴行を受けた痣は残り
何より 同じ目にあった事のあるイクスには
よく分かっていた。
イシュアが何度も代わる代わる
沢山の男達に犯されてしまっていただろう事に…
実際まだ その太股には
先ほどまで犯していた男の精液の跡が残っていた…
「なんで…こんな事に…
なんの為にオレの傍から離したんだっ…!
なんでオレと同じ目にイシュアがなるんだっ!!
イシュアは…こいつだけは…幸せになる筈だったのにっ…!!」
「イクス…」
「殺してやるっ!!イシュアをこんな目に合わせた奴を
殺してやるっっ!!」
「こいつを犯した奴は俺が殺した…」
「っ…!!くぅっ…」
イクスはすっかり冷静さを無くし
青ざめた顔で泣きそうになりながら
悲鳴の様な声で叫び
シオンの呼びかけにも 怒りを露わにして殺してやると
叫ぶが その相手を殺したと言われ
怒りを向ける相手がすでにこの世にいない事に
その怒りをどうしていいか分からなくなり
そのまま泣き崩れてしまい
シオンはしっかり抱きしめ
「取りあえず そこをどくのだよ
治療が出来ない…」
治療をする為に道具が入った箱を手にしたディルは
二人の後から声を掛ける。
その後にはいつも助手の様にいるルティはいない…
「さすがにこんな姿のイシュアを見せる訳にはいかんだろう…
それに、ルティもまだ子供だ…
あまり見せたくはない…」
イクスを抱きしめていたシオンが視線で問うてくるのに
ディルは治療の為の道具を用意しながら答える
「私が拭いてもいいか?イクス」
「…オレが拭く…」
湯でタオルを絞ったディルは 汚れた体を拭こうとするが
イクスに尋ねると 顔を青ざめさせたまま
シオンの腕から離れ そのタオルを受け取り
ゆっくり 頬を拭いてから
胸や腕 そして精液で汚されたままの足を丁寧に拭いてやる。
「イシュア…」
その体温は低く 拭いてもぴくりとも動かない体は
まるで死体を拭いている様な錯覚さえして
拭く手元が震える。
名前を呼んでも なんの反応も無く
再び視界が歪んでしまう…
「大丈夫だ…生きている…」
そっと シオンの手がイクスの手に重なり
胸に重ねた手を置くと
その胸は小さく動いており
まだそこに その命が確かにある事を教えていた
「さて…後は私に任せて貰うのだよ」
そう言って 二人を少し後に追いやり
ディルはポーションを使い丁寧に治療をしてゆき
注射器を取ると イシュアの血液を僅かに採取し
スリムポーションの瓶に入れると
再び傷にポーションを塗ってやり。
「何の薬品を使ったか分からぬから 色々調べてみる。
リョウが 恐らくイシュアが持っていたと思われる
白ポーションを飲ませたら
一瞬意識が戻ったらしいのだ…
もしかしたら イシュアが打たれた薬を中和する物を
私が作れるかもしれぬ…」
「ディル…頼む…」
「あぁ…出来るだけの事はするのだよ」
一通りの治療を終えたディルは片付け
イクスを見ながら イシュアが打たれた薬を中和する物を作ると
約束し イクスは項垂れたまま 擦れた声で願い
ディルはそんなイクスの肩を軽く叩き
そのまま部屋を出て行ってしまった。
「…イシュア…」
イクスはもう一度 その名を呼ぶ
最後に見たのはいつだったか…
バレンタインの時に倒れた時が最後で
もう 随分イシュアの笑顔を見ていない気がした…
失う事があるなんて 思っていなかった…
まさか こんな事に巻き込まれ
自分と同じ目に合う事など…
このまま 目覚めないかもしれない…
「ぅ…くっ…ごめんっ…ごめんな…イシュア…
こんな事なら…オレの傍から 離さなきゃ…よかった…っ」
膝を付き 痣の残る手を握り締め
その腕を抱きかかえる様にイクスは顔を伏せ
華奢な肩を震わせ 嗚咽を漏らしながらイシュアに謝る
あの おぞましい苦しみを…悲しみを…
この小さな弟に味合わせてしまった。
自分が傍にいたら けして味わう必要が無かった事…
そう思うと イクスは悔やんでも悔やみきれず
泣きながら謝罪を繰り返す。
「大丈夫だ…」
シオンは後からイクスを包み込む様に抱きしめ
肩に顔を埋めながらそっと囁く。
その言葉はいつも以上に優しく イクスは泣きながら
小さく頷いた…
「どないや…?」
2階から下りてきたディルに
リョウは心配そうに声を掛ける。
テーブルの空いた席に腰を下ろしたディルは深いため息と共に
頭を軽く横に振る。
「なんともいえぬ…少ししたら 研究をしてみる…
あぁ…有難う ルティ」
疲れた顔のディルの前に少し甘くしたホットミルクがそっと置かれる。
心配そうに顔を覗き込むルティに
ディルは笑みを浮かべ
自分を落ち着かせる様に 手の伸ばして
その柔らかな頬を撫でてやる。
「あら 誰かしら…?」
双月から オークション会場の中の様子を聞かれていた紫苑は
いきなり鳴り響いたWisに首を傾げつつ受ける。
【もっしも~し】
【うぉらっ!紫苑っ!!てめぇだろうがっ!
この敵のアジト丸ごと凍らしたのっ!!】
【あらぁ なんでばれたのかしら?】
Wisの相手は 旧知の中であるロードナイトのグレンであった。
グレンは紫苑が出た途端 大声で怒鳴ってきて
その声のでかさに 双月達も思わず驚くほどであったが
紫苑は慣れた様子でいつもの様に楽しげに返してやる。
【こんな無茶苦茶な魔法使うバカは
どこ捜したってお前しかいねぇよっ!!】
【バカとはなによバカとはっ!】
【ったく 王都お抱えのウィザード達総動員で溶かしに掛かってるんだぞっ!加減しやがれっ!】
【建物の外だけで 中までは凍らせてないから
逃げ遅れた要人達は纏めて捕まえられてラッキーじゃないw
それにさっさとあんた達がこないのがいけないいでしょう?】
【開き直ったな てめぇ…
まぁいい…今回の1次職行方不明事件はこれで解決するだろうし
それに免じて どうしてお前がこんな場所にいたのか知らないでいてやるよ…】
【うふふwありがとw
また 分かったら連絡ちょーだいねw】
騎士団の一人であるグレンからの文句に
楽しげに答えた紫苑は 事件が進展したら連絡を欲しいと伝え
そのままWisを切ってしまう。
「もしかしてグレンかい?今の声?」
「そ…建物凍らせちゃったから 怒ってたw」
「まぁ…そりゃあ怒るだろうねぇ…
騎士団も大変だ…」
聞こえてきていた声に 隣にいた双月は尋ねると
紫苑は手元にあった紅茶のカップを取り
喉を潤しながら 楽しそうに答え、
凍りついた建物を思い出した双月は ため息混じりに呟く。
「えっと…どこまで話したかしら…
あぁ…そういえば…やたら親しげに私に話しかけてきた
プロフェッサーがいたわよ?
私の事が欲しいってwきゃw」
「それは良かったですねぇ」
「あ でも、タイプじゃなかったしw
今のお気に入りはリョウくんよw」
オークションの内容やそこに居た貴族達の話をしていた紫苑は
あぁ と、ずっと自分に付きまとっていたプロフェッサーの事を思い出し
双月に話ながら頬に手を添えて 乙女の様に恥じらってみせる。
それを聞いたアルは ここぞとばかり
紫苑の気持ちをリョウから移そうと賛同してやるが
笑顔で返されてしまい、アルは慌ててリョウの腕に自分の腕を絡ませて
抱きついて主張してみせる。
「はいはい…それはそれとして…
なんて名前?」
「えーとね…確か キルス だったかしら?
とても男性的で 赤い髪で…でも かなりの野心家な目をしてたわ…
あ そうそう…彼のギルドのエンブレムなんだけど
こんなのだったのよ…
見覚えない?」
そんなやり取りと呆れた様に聞いていた双月は
その男の正体を確かめるべく 紫苑に聞くが
紫苑自身も正体までは良く分からなかった様子で首を傾げ
思い出したエンブレムを 取り出した紙に描いて見せる。
「これは…グラフィール家の家紋?
いや 似てるけど違うな…」
「やっぱり似てるわよね?」
描き出された図柄に 双月は顎に指を掛けて考えるが
見覚えがある絵柄と少しだけ違い 頭を傾げ
紫苑もまた 思いついた事が正しかったと頷き。
「グラフィール家?」
全く聞いた事の無い いきなり出てきた家名にリョウは不思議そうに尋ね、同様に知らないのか アルもまた首を傾げる。
「あぁ 割と大きな昔からの貴族のひとつでね…
クリエイターやプロフェッサーとか
後は各研究所の科学者とかを数多く輩出している家なんだけど…
ディルくんなら 聞いた事あるかな?」
「うむ…確かに聞いた事はある…」
「ん~…でも 似てるけど違うなぁ…
イルシアくんにでも聞いてみるかな?」
「イルシアって…あの厳つい顔のアルケミストか?」
知らないリョウやアルの方を向いて
その家の事を簡単に説明してやると
正面にいるディルに双月は聞くと頷き
再び描かれたエンブレムを見ながら イルシアの名前を出した双月に
ディルは なぜイルシアが出てくるのか分からず
問いかけて。
「あぁ 彼はグラフィール家の出なんだよ。
訳あって 家名は名乗ってないけどね?」
なるほど…と ディルは頷いて そのエンブレムが描かれた紙を見せて貰う為に受け取り 見た瞬間
思わず動きが止まってしまう。
(これは…このエンブレムは…)
思わず声を上げそうになる所をなんとか留め
ディルは出来るだけ冷静な振りを心がける。
(間違いない…これはルティの肩にあった…)
初めてルティの服を脱がした時
肩の後にあった 焼印のエンブレム…
あの時よりも確実に ディルの胸の内から
不安なざわめきが広がってゆき 背中を冷たい汗が落ちてゆく。
「どんなエンブレムなんですか…?」
「ル ルティっ!?」
そんなディルには気付かず 横から顔を覗かせてきたルティは
その手元の紙を覗き込んできたのに
ディルは驚いた様に声を上げて。
「この…エンブレム…」
「ルティ…?」
それを見た瞬間 今度はルティの動きは止まり
銀の瞳を大きく見開く。
その様子にディルは不安気に声を掛けて…
「……くぅっ!!はっ…ぁっ…!」
「ルティっ!!」
「どないしたんやっ!?」
見開いていた目が揺れると同時に ルティは肩に激しい熱い痛みを感じ
肩を抱いて蹲ってしまう。
慌ててディルがルティを抱きしめるが
その華奢な体は怯えた様にガタガタと震え
ルティの様子がおかしいと リョウとアルも慌てて傍に駆け付け。
「どうしたのだっ!?ルティっ!!」
「いや…いやだ…もぉ おねがっ…ぼくを ころしてっ…!!
おねが…いっ…もぉ…ころし…てっ!」
「ルティっ!?」
抱きしめても 全く周りを認識しないルティの姿に
ディルは焦り その頬に手を添えて顔を覗き込みが
いつも綺麗に澄んだ瞳は焦点が全くあっておらず
ここにいない何かに訴える様に
ボロボロと泣きながら 悲痛な声で叫び
そしてそのまま ディルの腕の中で力尽きた様に意識を失ってしまった…
「殺してって…一体 どないな事なんや…」
静まり返った室内に
不安そうなリョウの声が響いた…
うさぎ うさぎ 小さなうさぎ
やっと安住の地を見つけた 小さなうさぎは
再び闇へと落ちて行く
全部 全部 ツクリモノ…
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